カテゴリ:暮らしを紡ぐもの( 4 )

暮らしを紡ぐものーこどもを、そだてる。1

わがやの、こどもたちは、2人いる。
もうおおきくなったけれど、こどもは、あいかわらず、かわいいもの。
子育ては、あそばせることを、いっぱいした。
うえのこは、常滑時代に、どろんこあそびを、なかまを、つくって、毎週お泊まりしながら、
粘土が,でる、山で、すべったり、ころんだりしながら、どろぬまと、こどもたちは、呼んでいた、池であそんで、おおきくなった。海にも、よく、泳ぎに、つれていった。
下の子は、高知に、引っ越してきたのが、4歳だったけれど、
川へ、あそびに、よくつれていった。
夏休みには、毎日、下の、日御子川へ、およいだり、ちゃんでっぽう
で、さかなを、とったりしに、かよった。

わたしは、ござを、もっていって、かわぎしで、ぬいものをしたり、かわの、おおきな石のうえで、本を,よんだりしていた。
あるとき、たいが、ゆみも、うきわを、かしてあげるから、泳ごうよというので、こわごわ、うきわに、おしりをいれて、かわの、ながれに、みを、まかせた。
すると、すごい、いきおいで、かわの、ながれになって、わたしは、もう、なにが、なんだかわからなくなるほどの、ちからで、ながれて、いった。
手も、足もでないで、ごんごん、いしに、ぶちあたって、でも、するすると、おもしろいいきおいで、かわと、一体化したのだ。
川が、おもしろくて、さかなの、きもちが、わかったのだ。
川を、深々と、理解した。
川を、感じることが、できたのだ。
深いエコロジーの、きもちだ。
川の、かわとなりを、みたようなきがした。
子育てには、こんなことが、ある。
わたしが、育てている、とおもっていたら、こどもに、そだてられているのは、こちらだったりするのだ。
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by tanemakibito | 2007-12-07 20:15 | 暮らしを紡ぐもの

暮らしを、紡ぐものー谷相の美しい風景

今日、学校から、かえってきた、たいが、「朝ね、谷相を、おりて、いくと、したの、美良布の、まちが、雲で、おおわれていてね、けむりが、のぼっていくみたいで、とっても、きれいだったよ」よ、いったのです。
中学2年の、たいも、美しさに、みとれたのでしょう。
ここに、いると、にじや、雲や、ゆうやけや、ただの、散歩のときにでさえ、こえを、あげたくなるときが、あるのです。畑にいるとき、棚田のちいさな、果樹園の、はしごを、うえにしたに、のぼったり、おりたり、しているとき、ふーっと、あまりの,美しい景色に、みとれて、しまいます。ゆたかなことは、ゆたかだなと、感じるこころだとおもいました。そして、暮らしは、いつも、この美しい景色に,かこまれていたことに、きがつきました。
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by tanemakibito | 2007-12-06 20:42 | 暮らしを紡ぐもの

暮らしを紡ぐもの

暮らしを紡ぐ
そのむかし、暮らしを紡ぐ塾と、いうのを、企画したことが、あります。
ネーミングも、考えたのだけれど、くらしを、自分たちの、手に、とりもどす、というテーマがあって、おふとんを、綿打ちから、つくったり、もんぺを、ぬったり、焼き物で、器をつくったり、ナイフをつくったり、みそをしこんだりしました。いま、おもうと、どこか”、暮らしなのかなと、くびを、ちょっと、かしげたくなります。
そのときの、わたしには、暮らしが、なかったのでしょう。だから、暮らしを、つくりたかったのだろうと、おもいます。くらしを、わたしたちの手にとりもどすこと。買う暮らしから、つくりだす暮らしへ、お金中心の、社会から、ぬけだす、つもりだったのでしょうか。
いまは、、あの時、以来、つむいできた、暮らしが、あります。暮らしは、ひとり、ひとりに、あるものだけれど、すくなくとも、その昔には、暮らしや、生活よりは、仕事が、中心な、世の中だったようなきがします。時代が、めぐり、いまは、暮らしや、生活が、語られるようになりました。わたしの暮らしを、紡ぎ、紡ぎして、年を、へて、わかってきたのは、暮らしはあたたかく、たゆたゆと、したものだということです。そして、わたしの、くらしは、私自身の、反映であるし、文化だと、思うようになりました。そう、最初から暮らしは、私の、手のなかにあったのです。

 

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by tanemakibito | 2007-05-19 00:33 | 暮らしを紡ぐもの

暮らしを紡ぐものーこども。

こどもが、いるので、
こどもの、いのちから、いのちのまなびが、あったことが、
いまの、わたしたちの、くらしを、つくってきたのかなあと、おもいます。
こどもを、そだて、ながら、ものつくりもしながら、ちいさな、はたけを、たがやして、
きたわけです。
まず、くらしの、まんなかに、こどもが、います。
いのちなので、まいにち、ていねいに、たべものを、つくり、
いのちを、紡ぎます。
いのちだから、たべることが、まんなかです。
こどもとともに、いつのまにか、わたしたちも、そだちあって、きたのでしょう。
だいこんも、まめも、ひとつぶの、たねでは、育ちません。4こか、5このたねが、あると、よくそだちます。
きょう、ごはんのとき、とても、こころに、のこったこと。
てっぺいが、うえのこの象平に、こういったのです。

「象平は、てっぺいと、ゆみの、子だから、
なにか、ものつくりに、なるということは、かんがえていないの?」
象平は、きょう、3ねんつつ”けた、しごとを、やめてきたのでした。

「まあゆっくり、かんがえたらいいけれどね。」
と、いった、てっぺいの、ことばに、21ねんの、そだちを、かんじたのです。
わたしには、そんなふうに、ことばかけできないなあと、おもいました。
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by tanemakibito | 2007-03-18 02:25 | 暮らしを紡ぐもの