カテゴリ:谷相の弟子( 2 )

谷相の弟子ー谷相の弟子になる。いろいろなこと。

畑の弟子。やえちゃんの弟子になる。
まき窯の弟子
種まきびとになる。
自給自足の弟子
薪のお風呂
薪のストーブ
山の神様
棚田の石積み
さとうきびを、そだてて、くろざとうを、つくる。
梅干し作り
らっきょう漬け
ふきのつくだに
畑ごはん
よもぎの、だんごじる
ゆのすの、おすし
鯛のむし
にんにく葉のぬた
ちゃんでっぽう
かわあそび
すもみ
皿鉢料理
お客する

まむし酒
たぬき油
はちみつ取り
天然の肉、いのしし。
わさ
こぶて
にわとりをたべる
天然の肉、鹿。
天然の肉、たぬき。
はちみつ
ほしいもつくり
干し柿つくり
しょうゆつくり
かきしぶつくり
たくあんつくり
ほした、やさい
酢をつくる
わらで、できた、かっぱのようなもの。
病気を、直すときに、祈とう師をよぶ。
たかおさんの、おとうさんが、くまを、いとめたはなし。
葉っぱの、ふしの数で、台風のかずを、いいあてる。

物部の、イザナギ流かみさま。
月の、こよみでくらすひとびと。
うつくしいもの、うつくしいこと、うつくしいかたち、うつくしい風景。
棚田の、かみさま
あまがたきの、あまごい。
自然とともにくらす。



畑の知恵
山のお茶
いたどり
りゅうきゅう
いものつる
豊太郎さんのチャーテ
どぶろくつくり

わがやの、自給自足。
たのしい、ものつくりの自給自足。
たのしいことは、伝わる。
うつわをつくる
服つくり
おふとんつくり
ろうそくつくり
つちかべつくり
野菜つくり
果樹をうえる
にわとりをかう
お茶つくり
保存するものつくり
薪をつくる
みんなで、伝えあう自給自足。
つながる、ための、お祭り
うつくしい谷相のくらし。




e0118540_1412212.jpg
[PR]
by tanemakibito | 2007-04-10 14:55 | 谷相の弟子

谷相の弟子ー谷相の弟子になる


谷相の弟子になる。

高知の、やまのてっぺんの谷相に、ひっこして、今年で、9年目になります。ここの、人びとと、したしくなるにつれ、たゆたゆと、暮らすことの、うつくしいのに、こころを、うたれるのです。
それは、なぜ、そう、かんじるのだろうか、と、かんがえると、くらしのなかに、たゆたゆと、うけつがれてきた、自給自足の、知恵が、いっぱいあるからだろうと、おもうのです。
お米をつくり、おふろの、まきを、つくり、畑に野菜を、つくり、たねを、とる。
のきさきの、むしろに、ほされた、山のお茶、どくだみ、棚田の、石垣のお直し、山の神様を、おまつりすること、梅、らっきょう、みそ、しょううゆ、干した、野菜など、保存食つくり。
その、ひとつひとつに、尊敬したくなるような、うつくしさが、あるのです。
そんな、暮らしの、つながりが、ここ谷相の、人びとのいとなみが、あたたかく、うつくしい風景を、つくっていることに、きつ”いたのです。
それは、去年の、山のかみさまの、頭屋に、くわわっって、その、いとなみの、うつくしさに、こころを、うたれたときのこと。
5軒ずつが、1年に、8回、あちらこちらに、ある、やまの、かみに、もろぶた、という料理を、こしらえて、あつまって、おさけを、くみかわすのですが、となりの、つねおさんに、どうして、このおまつりを、つつ"けているのですか?と、たずねると、こう、いわれたのです。
「山の神様は、みんなを、なかよくするために、このおまつりを、つくりなさった。」
もともと、神様といっても、岩信仰だっったり、石信仰だったり、山信仰だっったり、川と川のであったところに、お宮ができたり、(お宮は、おんなのひとの、子宮だというひともいた)おおむかしの、ひとびとが、アニミズムの、ような、ものとして、つくったかんじがするのです。
秋には、もちまきが、あちこちの、かみさまであり、いっぱいとれた人は、いっぱいのもちごめをだし、すこしのひとは、ちょっとのもちごめをだし、あつめた、もちごめを、ついて、まるめて、もちまきをするのです。
もちまきのひは、あさから、そわそわ、始まる時間は、くちこみで、ちゃーんと、ひろまっているのです。
はじまると、となりの、おじいさんと、おしりとおしりで、ぶつかったり、まえのおじいさんの、またのしたの、おもちを、ひろったり、てとてで、おなじおもちを、ひろって、かおを、あかくしたり、3分くらいの、短いあいだに、わらいころげるほどの、おもしろさ。
みんなの、エネルギーが、ばくはつし、あつくなります。
けいこさんは、「これは、昔の、社会福祉制度だよね。」というのです。
お米が、いっぱいとれた、ひとから、すこしのひとへ、おもちで、平等になるようになっているのですって。
ひとりぐらしの、85歳のたがやんは、昨年の秋、あちこちへ、ひろいにいって、
「93こも、とった。」と、言ってました。
ほーんとに、けいこさんの、社会福祉そのとうりだと、おもいました。
自然と、ひとが、ふかいところで、しれば、しるほど、つながっているのだなあと、おもったのでした。
ここ、谷相の自然の、うつくしさは、ここの、ひとびとが、つくった知恵が、つくりだしていると、知ったのは、コノ、頭屋を、経験したからです。うーん。ますます谷相の弟子になるぞって、つよく、こころにおもいました。

谷相の弟子というわけ


谷相の弟子は、もともと、うちのいそうろうの、ことを、いっていたのですが、いつからか、哲平や、わたしが、すっかり、弟子にとりこまれてしまいました。
うちの、いそうろうの、いちばんさいしょは、うえの、象平が、うまれたころ、フンちゃんが、やってきたのです。
いそうろうで、いるあいだに、わたしの、しごとばを、フンちゃんの大学の、卒業製作にして、たててくれたのです。
大工さんにみならいでいき、屋根は、瓦屋さんに、みならいにいき、つちかべは、こわれたおうちのかべを、みにいき、たてぐは、 たてぐやさんへ、いきして。
そのたびに、お弁当を、つくってあげました。材木は、火事で、ちょっと、やけたのを、もらってきて。わたしは、その、8じょうほどの、つちかべの、小屋が、あったおかげで、いまのちくちくの仕事が、できてると、とても、感謝しています。
その、ふんちゃんたちが、
いまは、ほけきょ一座影絵芝居を、ひきいて、先日高知に、やってきていました。


つれあいのこうめちゃんと、こどものうきちゃんと、いっしょに、わがやにも、やってきて、ごはんを、たべました。
なつかしい、常滑時代の、はなし、このごろのはなし、うんと、うれしかった。
わたしにとって、うきちゃんは、孫の、ようなきもちです。
ふんちゃんとは、一年ちかく、いっしょの、ごはんを、たべたからだろうか。
もうひとり、インドで、であって、うちに、いそうろうしていた、たけしの、ところにも、こどもが、うまれた、ときき、うれしくなるのは、なぜだろう。
いっしょに、くらしたり、ごはんを、たべるということは、家族みたいになるもんだと、おもうのです。
ちのつながった、子どもだけが、お世話するひとじゃないのです。
いろんなひとが、いそうろうに、なって、うちで、ごはんを、たべてきたのです。
わたしは、家族だけじゃなく、いろんなひとに、ごはんを、たべさせたくなるひとなのです。
いそうろうたちは、うちにいるあいだに、ふとり、げんきになって、いく。
きたときは、やせて、げんきが、ないのだけれど。
いま、こどもを、つれて、あそびにきてくれると、ほんとうにうれしい。
ちかごろは、うんと、年の違う、わかいこたちが、やってきてくれる。
かれらから、韓国の、かまたきの様子を、きいたり、いろいろ、しげきを、うける。
同じ時代を、いきているわかいこたちは、おもしろい。
かれらの、かんかくからも、まなんで、弟子は、わたしたちか、かれらか、どちらか、わからなくなってしまうのです。
そして、谷相のひとびともまた、わがやの、いそうろうを、たのしみにしてくれています。わたしたちは、いそうろうといっしょに、谷相の、弟子になるのです。

とはいえ、わたしにも、てっぺいにも、つらいおもいを、した、居候もひとりずつ、いました。
なにをしに、うちへ、きたのだろうか、わからないひとも、いるのです。
なのに、わたしたちは、こころから、お世話してしまうのです。

もう、だれでもかれでも、うけいれるのは、やめようか、とも、いそうろうに、なるまえに、ちゃーんと、はなしをしようか、とも、おもうのですが、ときが、たつと、いやなことも、わすれ、また、うけいれて、しまいます。
やはり、うちの、戸は、かぞくだけじゃなく、オープンにしておきたいのです。
これからも、谷相の弟子になるひとびと、のために。
[PR]
by tanemakibito | 2007-04-09 01:35 | 谷相の弟子