カテゴリ:うねうねごはん( 4 )

12月6日ークェッティアオナーム

タイ料理で、いちばんよくつくるのが、カオパッと、いう、チャーハン。2ばんめが、こめのこでつくってある、汁麺である。かぶのなっぱ、とりの、つみれいりで。
きのうから、とりがらで、くつくつと、スープをつくります。
これに、ナップラーと、とうがらしを酢につけたもので、あじを、ととのえて、
たべます。おいしくて、こどもたちにも、だいにんきです。ふとめの、めんを、くたくたになるまで、やわらかく、にたのが、すきです。タイでたべると、1ぱいが、15バーツ。(45円)なまめんだから、もっと、おいしいのですが。
いつか、こどもが、おおきくなったら、チェンマイで、タイ語学校に、いくか、バンコクの、タマサート大学の、タイ語講座3ヶ月コースに、いきたいなと、と、おもっています。

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by tanemakibito | 2007-12-06 20:22 | うねうねごはん

うねうねごはんー9月11日わがやのおすし

おすしが、だいすきなのは、こどものころ、京都にすんでいて、
お誕生日会にまねかれると、かならずたべたのが、
おすしだったから。いろいろな、ぐが、まざりあって、
ハーモニーを、かなでているおすし。
とこなめには、えびの、そぼろと、れんこん。
高知は、ゆずすで、しょうがが、こまかくきって、はいる。
その土地のおすしが、ある。
いま、うちで、つくるのは、京都と、とこなめと、高知が、まざりあったおすし。
ごちそうきぶんで、毎週つくる。いつもは、また、おすしを、てまきにしてたべる。
翌日、むして、また、たべる。
とにかく、おすしが、だいすきなのだ。
つくるのも、たべるのも。
こどものころ、よその、おうちの、あじが、うらやましかった。
なぜかというと、うちの、おすしは、ぐが、すしめしの、うえにのっていて、
まざっていなかったから。
こんな、こどものころの、きもちに、
おすしを、つくるたびに、なるのである。
たべることは、わたしの、いきてきた、みちのりであると思う。



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by tanemakibito | 2007-09-12 00:23 | うねうねごはん

うねうねごはんーやばとん

6月3日
やばとんという、ごはんを、つくるには、いのししの、どてにを、まずつくらなくては、ならないのです。
いのししは、天然の、肉。
わさを、かけて、せいいちゃんが、とれたよーと、肉を、もってきてくれると、こどもたちは、「やばとん、やばとん、やって」と、おおよろこびします。
わたしが、名古屋にすんでいたころ、矢場町に、屋台で、くしを、みそなべにつけて、だすところが、あり、「やばとん、たべにいこ。」と、いつも、いっていたからです。
じっさい、やばとんと、いうのは、みそかつの、おおきな、おみせでありました。
きのうは、鹿の、お肉、天然のものを、うえに、ひっこしてきた、まゆみちゃんに、もらったので、どてににしました。
きょうは、くしに、豚の、うすぎりをまきつけて、パン粉を、つけて、あげます。きゃべつを、ざくざくきって、どてにの、みそをつけて、たべます。
いま、きゃべつが、ないのに、きがつきました。
畑の、あみあみの、れーすの、ような、きゃべつか、やえちゃんの、畑のは、どうだろう。
 買いに、したの、びらふのまちまでいくのも、たいへんなことです。
でも、このごはんは、きゃべつが、メインなのです。
どうしよう。
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by tanemakibito | 2007-05-19 15:07 | うねうねごはん

うねうねごはんー6月30日カオニャオとソムタムとガイヤーン

タイ料理と、いえば、こどもたちに、カオニャオつくって!と、
せがまれるのです。
なんてことは、ない、もちごめを、むすだけなのですが、
おいしくて、タイ人のように、手で、たべます。
カオニャオを、つくると、ソムタ厶という、タイの、東北地方、イサーンの、
パパイヤのサラダを、つくります。うちでは、にんじんでつくります。
にんじんの、せんぎりを、スライサーでいっぱいつくり、そこへ、
とうがらし、プリッキーヌという、とびっきり、からいのを、いれ、
ほしえび、ミニトマト、インゲン、にんにく、をいれ、いった、かわつきピーナッツ
と、お湯にとかした、やしざとうを、すり鉢のような、いれものに、いれ、ぽくぽく、つきます。
あじつけは、ナンプラーと、マナオ。
そして,ソムタ厶といえば、ガイヤーン。とりにくを、なんぷらーで、つけて、すみびで、やいたも
の。この、3つは、せっとになって、いるのです。
はじめて、イサーンに、いったとき、農村を、訪れると、おなかすいてないか?
と、はじめてあうひとみんなにきかれる。
あいさつのように。
そして,けっして、ゆたかじゃない、食事に、招かれる。
1つのスープを、みんなで、のむ。
カオニャオを、わたしの、手に、わたし、
かれらの、きょうの、糧を、わたしにもわけてくださるのだ。
わたしは、ごはんというものは、このように、みんで、わけて、たべるということを、
ひとは、ごはんをいっしょにたべると、家族みたいに、なれると、
イサーンの、農村の人びとに、教わったように、おもう。
そして、これが、わがやの、あいさつになった。
ともだち、いそうろう、しらないひとも、だれか、
やってくると、おなかすいてない?
ときいて、ごはんをいっしょにたべるのだ。
タイ料理といっしょに、タイの、あいさつも、やってきて、すっかり、
わがやの、習慣になっている。
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by tanemakibito | 2007-05-16 00:58 | うねうねごはん